最近 |

2025.12.09

初めて「AIで検索して見つけてきました」と言われる案件があった。これまで所謂SEO対策的なことをほぼしてこなかったのもあり、指名で探さない限り、従来の検索エンジンでたたいても無名の私たちの存在が出てくることはほぼ無い。その一件が妙に気になってここ1週間、AIについて禅問答のような問いを繰り返した(AI相手に)。どうやら、人と情報が紐づくロジックに大きな地殻変動が起きつつあるらしい。そして、AIは「私たち(少なくとも今までの私)が思っているよりもはるかに、私たちのことを(論理的に)理解しつつある」。そのことが判って、軽くひっくり返った。只、だからといって、私たちがやることは変わらないわけで。逆に「(無理して)やらなくてよいことは今後さらに増えていく」。そんな気がしている。

近況 |

2025.07.28

私生活のルーティーンを2ヶ月くらい前から変えて調子が良い。昨年我が家にやってきた新入り(ジャックラッセルテリア1歳)もまともな散歩ができるようになってきてだいぶ活発なので、毎朝夕、公園のトラック1周2km×2を汗だくで走っている。巷でサウナが流行っているが、スポーツやってきた身としては、運動の心地良い疲労感を感じつつシャワーでさっぱりする、という方がどうやら“ととのう”みたい。これまで履く機会のなかった最新ランニングシューズの快適性にも驚いたが、日常的にアルコールを取らなくなったのも良い方向に影響していると思う。ChatGPTに、ランと軽いウェイトのメニュー、それと前後に摂取する食事の内容を相談して、身体の変化に合わせて内容をチューニング。甘いものだけは未だにやめられてないが…。身体が全てのベース。その上に充実した生活と仕事を積み上げる、そんな意識でやっていこう。

掲載情報 |

2025.07.27

7月発売のCASA BRUTUS No. 304 [収納とインテリア] 特集ページに〈DRAWER/TRAY〉を掲載いただいてます。セレクト、スタイリングは中田由美さん。いつもお声がけ、ありがとうございます。元々は杉工場の製品として生まれたものだったけど、今年からSTUDIO YOのオリジナルとして再スタートを切ることとなった〈DRAWER/TRAY〉(引き出しの生産は変わらず杉工場)。受注生産という形ではあるが、2017年の発表から8年の時を経て、またこうしてデザインが日の目を見られたことがとても有り難い。折角なのでデザインの細かいところもブラッシュアップしたいところ。BASEオンラインショップからでも、メールでの問い合わせでも、オーダー・特注等を受け付けているので、ご興味ある方はお気軽にお問い合わせください。

 

BASEオンラインショップ
https://studioyo.thebase.in/

お問い合わせ
mail@studio-yo.com

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2025.04.30

昨年の直島でのリサーチより一年弱進めてきたプロジェクトが3月末にローンチ。地中チーム、岸本挽物、そのほか多くのプロフェッショナルな製作の皆様の尽力で、訪れる人の琴線に触れるようなものができたのではと感じている。17年前、大学の研究室の友人4人と小さなレンタカーに車中泊しながら、九州、中国、直島、四国と弾丸日程の貧乏旅行をした。そのとき地中美術館を訪れた頃は、こんな機会に恵まれるとは当然思いもしていなかった訳で、まったくもって人生はわからない。直島への来島者数(海外からがメイン)も年々増えているようだが、美術館は観賞体験の質を維持する意味でも来館に上限を設けているという話だ。インバウンドに色めき立ちオーバーツーリズムも叫ばれるこの国はいま、「量」から「質」へ転換すべき時期に差し掛かっているのかも。そして、20年以上前から未来を見据えた取り組みをするこの直島に、そして福武總一郎氏をはじめとするこの場所を作り上げた人々に、あらためてその凄みを感じずにはいられない。そんな場に今回のプロジェクトが何か還元しうるものになれたなら、それはぼくらにとっても望外の喜びだ。

プロジェクトの詳細はこちらから。

不惑 |

2025.02.04

四十にして惑わず。なんてあるが、実際40歳になってみてもそんなことは無く。。日々惑うことばかり。子供の著しい成長を見ていると、つくづく自己の成長は感じられず嫌気が差すこともあるのだけど、受け入れるほかない。考え続けること、考え抜くことが仕事みたいなところもあるから、二人で揺れ動き続けるのが通常運転、ということで。

Present |

2025.01.17

2025年もあっという間に半月が過ぎた。昨年からのプロジェクトがどれも大詰めで、ありがたいことに忙しく過ごさせてもらっている。そういえば年末、打ち合わせで八女へ足を運んだ帰り、初めて「うなぎの寝床」に寄った。存在は勿論前から知ってはいたが、九州を中心とした手仕事・メーカーの商品がこんなにも色々とあるのだなーと改めて思うことだった。その中で僕らの食指が動いたのがこれ。フランス人デザイナー、ポーリーン・デルトゥア有田焼のコーヒーカップ。手にとった実物が抜群に良かった。おそらく「高台」に東洋の器らしさを感じ取ってのアイデアながらも、凡庸にならず、ほどよく新しい空気も感じる。湯呑みのような小ぶりなサイズも絶妙で、コーヒーやお茶は勿論、我が家では少量のスープなどもしっくりきている。釉薬が全体にかかった滑らかな底面と丸みは、手への収まりがとても心地良く、非常に絶妙かつ繊細な色味のグリーンも、買う前から日常に溶け込む絵が見えるようだった。2021年、彼女の訃報をSNSで知った。38歳だったという。以前からプロダクトを愛用していること以外、なんの接点も無い謂わば他人だが、こんなに才気溢れる人が若くしてこの世を去るのは、同じプロダクトデザイナーとしてやるせない寂しさがあった。たまに「生涯で、あとどれだけのモノを二人でデザインできるのだろう」と考えることがある。モノはすでに溢れ、作る必然性は薄れ、寧ろ作らない、別の選択肢が必然性を持つ時代。この先自分たちにできることがあるのか漠然と不安になることもあるが、彼女のプロダクトを手にして、勇気を貰えた思いがした。「Present」という言葉に「現在」という意味が何故あるのか理由は知らないけれど、なんかこれはとてつもなく深いことなんじゃなかろうかと(勝手に)。心地良いデザインのカップを二人で使いながら「こんな仕事がしたいねえ」としみじみ感じ入る年末年始だった。今年はより一層、「いま」にフォーカスしてゆけたら。

迷ったティーカップのこちらのカラーリングも、これまたソーサーとの関係性が素晴らしく、またの機会に買い求めたいと思う。

雑感 |

2024.10.26

デザインするとき、とにかく二人で話すようにしている。その際よく出るのが「はずかしい」という言葉。「こういう伝え方になると自分で言ってる感がはずかしい」「(デザインが)こうなると頑張り過ぎててはずかしい」といった具合で、多分「はずかしい」表現は受け手に一種のバツの悪さを与えてしまうのだと思う。「ウケが良さそう」とか「こうすると今っぽい」といった考え方や志向性もあるのだろうけど、自分たちの場合それよりは若干後ろ向きというか笑。「はずかしい」と「はずかしくない」の間には決定的な差がある。ただ、表現自体の差異は一見すると非常に些細なものだったりもして、2つの感覚の間の境界線を見極めるのが肝要だと思ってる。「はずかしくない」ものは、受け手に対して心地よい余白や余韻を残してくれる。多分それは「粋」ってことでもあるんだろう。

目と手 |

2024.06.29

数年前、とある大学の授業の一環で、仕事に関するインタビューを学生から受ける機会があった。「あなたにとってデザインとはなんですか?」といったデザイン専攻学部として至極ベタな質問だったと記憶している。その際「デザインは自分にとっては目的」といった内容を話したら、後日学生の間から「デザインは目的ではなく手段ではないか」という議論が起こったらしい。ごもっともとは思いつつ「それだけじゃないんだよなあ」と当時は漠然と感じていた。

それから数年のちの過日、二人で学生の前で話させてもらう機会を頂いた。テーマは相方が決めてくれ「目と手」とした。彼女が言うには「あなたは目じゃなくて手の人だから、デザインは手段じゃなくて目的なんだよー」と。なるほど〜そういうことか〜と数年越しに合点がいった(字的に逆なのはすごい偶然)。ここでいう「手」は、単に手を動かして何かをつくることに限らない。すべての検証と実装のプロセスそのものが「手」であり、視点と仮説の設定が「目」の役割となる。目と手は不可分であり常に液体のように入り混じっている。

デザインという言葉が広義になってゆけばゆくほど、デザイン思考のようにインスツルメントとして民主化され、「目」の要素が一層重視されるようになる。そういった俯瞰的な視点は今後ますます重要になってくるのも事実。だだ、「目」に偏り過ぎたときに必ずこぼれ落ちてしまうものがある、とぼくらは思ってる。それは「目」とバランスをとるものであって、デザインやモノそのものに対する眼差しであり、つくる悦びのようなものでもある。そしてそれは決して大きな目的の為だけに在るものでなく、コンサマトリーで自己充足的なもののはずだ。つまりAIには原理的に担えないもの、ということになる。

デザインにおいて目と手のバランスを意識すること、特に他者と補完し合ってそれに取り組む楽しさや可能性について、幾らかでも今回受講してくれた人に伝わっていれば嬉しい。

直島 |

2024.06.28

2ヶ月前の直島と地中美術館視察。鋭意、提案制作中。

10年 |

2024.02.20

 

独立して10年が経った。(スタヂオ・ヨー 2人で始めてからはまだ6年くらい)
 
家族、友人、クライアント、製品を作って下さる皆さん、世界のどこかでプロダクトを愛用してくれている方、多くの人のお陰でなんとかやってこれました。いつも、ありがとうございます。
 
次の10年、どう生きて、どう作るのか(または何を作らないのか)
変わらず難しいことを楽しんでゆけたらいいなと。
引き続き お付き合いのほど、よろしくお願いします。